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死の淵から呼び戻してくれたのは長男でした。「良樹ちゃんは死にたくなくないといっているよ、ぼくも死にたくない、早く帰ろうよ」と、泣きながら私の手をひっぱるのです。きっと家を出るときから私の異常さに気がついていたのでしょう。でも、黙ってついて来てくれたのだと思います。そのときの長男の気持ちを思うと、いまでも胸が痛みます。我に返った私は、「ごめんね、そうだよね、死にたくないね」とあやまりながら、私がこんな弱気でいたのでは決して良樹がよくなるわけがない。私の辛さ苦しさの何倍も、何十倍もこれから背負って生きてゆかなければならないのに……。
この子はこの子なりに、こんなに一生懸命頑張って生きているではないか。私がこの子の力になってやらなければこの子はだれを信じて生きていけばいいのか。このとき、私は二人の子供にとって本当に強い、いい母親になろうと自分に言いきかせました。
少しぐらい勉強ができなくてもいい。お話しが上手にならなくてもいい。良樹の性格能力をよく見極め、少し上を目指して頑張ってゆくことができれば……。まわりの子供と比較するのはやめようと思った。私も良樹も辛くなるだけだから。そして、その中で良樹にとって一番いいことを探し見つけてやっていこうと考えました。そのとき確実に言えたことは、一つあるいは二つあるかもわからない障害を、持っているということだけでした。
人間にはそれぞれ運命がある。息子の耳が聞こえなくなったのも運命だったと思う。私たちにそれを変えることはできなかった。ただ、できることは、その運命に負けないように育てておくことだけだと思いました。そして、これから生きていく上で、人の助けなしには生きてゆ

 

 

 

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